お侍様 小劇場 extra

   “仔猫のナイショ そのさん” 〜寵猫抄より


それはいいお天気だったのを
今朝は西から侵食して来た雨雲が覆い始めており。
とはいえ、これまでのそれのよに、
とんでもない風も一緒だとか途轍もなく冷えるとかいう
余計なおまけはついておらずの、
単なる“卯の花くたし”だろうと、
大きな手であごのお髭をすりすりしつつ、
勘兵衛が言っており。

 “シュマダも雨降ると、おヒゲが かいかいってなるのかなぁ?”

やわやわの頬とかお鼻とか、
むずむずするのか今朝はしきりと手の甲で擦っている仔猫さんが、
ひょいと抱えてくれた物書きせんせえの胸板へ、
てんと手をつき、その身を乗り上げるようにして、
精悍で男臭いお顔、どーれと覗き込んでみたりしており。
窓ガラスに映るのは、柔らかそうな毛並みの小さな仔猫。
肉球も小さな前足の先で、ちょんちょんと壮年殿の顎をいじっておれば、

 「あらまあ。」

朝餉に使った食器を片付けにとキッチンへ退いていた七郎次が、
戻って来てまずはと、それが目に入ったらしく。

  雨が近いらしいのは判りますが、
  他の人のお顔まで、
  こしこしと擦りたくなるもんなのでしょうかね。

  さてなあ、この髭へは日頃からもじゃれてはおるようだが。

時々目測を誤ってのこと、鼻の頭への猫パンチになることもあり。
痛くてというよりも不意をつかれてのこと、
すっかりと納まり返っておいでの壮年殿だってのに、
結構な反射で おおうとのけ反る勘兵衛なのが、
七郎次を焦らせたり笑わせたりしてもいて。
今日のところはそうではないのか、
背後からどうれと七郎次が延ばした手へ、
大人しく抱っこされ直し。
愛らしいお顔で見上げてくると、
ふわふかな綿毛を揺らしつつ、
小さな肩ごとかっくりこと横手へ傾け、
“みゃあにゅ?”と小首を傾げる仕草がまた、

 「〜〜〜〜〜〜〜っ。////////」
 「まだ継続中かの、その悶絶。」

勘兵衛様こそ
“惚れてまうやろ”ってネーミング、
そろそろ覚えてくださいましよ。(笑)
こたびは当の久蔵を抱えていての手が足らず、
自分の口許を拳で押さえるにとどまった七郎次であり。
口許押さえて隠していても、
青玻璃おさめた双眸が、
いかにもたまらんと言いたげに、
嬉しそうにたわめられているのは丸見えなので、

 “意味があるものなんだろか。”

その手でこっちをばしばしと叩いて来たり、
二の腕辺りを掴む彼な方が、
実はお好みな島田せんせい。
今朝のはそっちじゃあなかったかと、
妙なことを残念がっていたりする辺り。

 破れ鍋に綴じ蓋 って、
 こういう人たちを言うんでしょうねぇ…。(苦笑)





       ◇◇◇



そうやって和んでいたのも食休みの間だけ。
昨日から妙に筆が乗ってる勘兵衛だったので、
キリのいいところまでを綴りにと、書斎のほうへ戻ってしまい。

 「にゃっ、みゃ。」
 「おやおや、捕まえたいのかな?」

この辺りで雨になるのは昼下がりか夕方間近だとのことだったが、
それでも湿気は十分垂れ込めていたため、洗濯物は干し出せず。
庭へと向いた掃き出し窓を半分ほど開け放ち、
お手玉遊びに興じる母と子だったりし。
ちりめんの生地へ少しだけ小豆を詰めての、
何とも涼やかな音のするお手玉を2つ3つ。
さほど勢いはつけずのゆっくりと、
ふんわりした軌道を描くよに、ぽーいぽーいと宙へ放って見せれば。
動く物への関心の深さが如実に現れ、
視線だけでは気が済まないか、
小さなお顔ごとを懸命に上下させ、
その行方をひたすら追っかける久蔵で。
しまいには紅葉のような両手をやあと延ばして来るのだが、
敢えなく空振りしちゃあ、
勢い余って、向かい合う七郎次のお膝へ突っ込んで来る他愛なさがまた可愛い。
投げないまんまに直接渡されたお手玉は、
しゃらしゃらという音こそするが、
ピクリとも動かなくなるのがお気に召さぬか、

 「みゅう…。」
 「どしたのかな?」

んん?と問いかければ、
うにゅう〜と悩ましげに眉を寄せつつ、
七郎次を“なんで?”と見上げて来るのがまた可愛いvv
……って、もう ええて。(苦笑)
そんなこんなして遊んでおれば、

  ―― きちぃちっち、ぴるるるる

庭の木立のほうからあのね?
雨も間近な静けさを鋭く引っ掻く小鳥の声がし。
それへと弾かれ、
あっとお顔を上げた反応がほとんど同時だったこちらの二人。

 「にゃっ、みゃあにゃvv」
 「あ、久蔵。」

ぴょいっと素早く立ち上がった仔猫、
お手々へ持ってたお手玉をおっ母様の手へ押し付けると、
窓のすぐ傍、沓脱ぎ石へよいちょと降りる。
少し前までは、一旦腰掛けてからでないとという手順が要ったものが、
今ではともすりゃ、ぴょいっと直接飛び降りたりもするほどで。
今日もその“大急ぎVer.”で、そーれと飛び降りてったおチビさんだったのへ、

 “現金なんだからvv”

だって今の小鳥の声は、カンナ村からのお便りだよという合図。
オオルリという小鳥さんが、
小さく畳まれたお手紙を運んで来てくれる。
その訪のいはそのまま、
久蔵が大好きなカンナ村のお兄ちゃんが遊びに来る先触れでもあって。
予定はないですか?お邪魔してもいいですか?という、
こちらへの気遣いをしていただけているのが、
ああ向こうのキュウゾウくんも こうやってお兄さんになってくんだなぁと、
こちらの七郎次へ感じさせた、この春からの段取りであり。

 「久蔵、いきなり駆け寄ったら小鳥さんが驚くぞ?」
 「みゃっ!」

そもそも、猫と小鳥という間柄からして、
恐れられていい筈な“捕食関係”でもあるはずで。

 “そのはずなんだけれど。”

まずはキュウゾウくんが怖くないからか、
そのオオルリさんは、こちらの仔猫へも脅えてはいない様子であり。
かなりの間近へお手紙落としてって下さり、
こっちからのお返事も、仔猫へと寄って来てその手から預かってくれるほど。
今日も今日とて、木蓮の梢に留まってた青がきれいなその小鳥、
仔猫がよいちょよいちょと登っていっても、
さして動じずじっとしており。
きょときょとと小首を傾げていたかと思や、
枝の角度がなだらかなところ、微妙に細くなってた隙間へと、
手紙を上手に挟み込んでのぴょいと遠のく。

 “そういや、久蔵は木登り苦手じゃなかったっけ。”

いつの間にやら、あんな高みまでを一人で登れるようになっている。
あの黒猫のお兄さんが来るのへと、わーいと誘い出されて登ってるうちに、
要領というもの覚えた坊やであるのだろうが。

 “降りられないようって泣いてた時期もあったのにねぇ。”

そういえばと気がついた今、出来るようになったワケじゃあない。
とっくにこなせていたものへ、こちらが気づかずにいただけの話。
勘兵衛様は気がついておいでなのかなあ、
ああでも、そういう話をすると、ちょっぴりお顔をしかめる壮年で。
あんまり急に大人になってしまうのは、寂しいことよと思うのだろか。

 “……そういうところは 案外と。”

立派に親ばかしておいでだよなと、
知らず口許がほころんだ七郎次だったものの、


  「………みぎゃあっっっ!!!」


絹を引き裂くような…というのとは微妙に異なるものの、
これを他と聞き違えることはまずなかろう、愛し子の可憐なお声が、
蹴散らかされたような無残さで潰され、鳴り響いたものだから。

 「…っ、久蔵っ!」

ぼんやりしていたつもりはない。
ほんの目と鼻の先という距離の木蓮だったし、
その幹へ抱きつくようにして登ってた様子だってちゃんと見守っていた。
どこからか犬やカラスが飛び込んで来たような、
せわしい足音も黒い翼がよぎる陰もなかったし。
久蔵の上げた突拍子もない声へと驚いたのか、
他でもないオオルリが ばさばさっと真上へ飛び立ったくらい。
何があったかは知らないが、
取るものもとりあえずと素足のまんまで庭へと駆け降りた七郎次へ、

 「みゃっ、にゃうみゃあっ!」

速い速い、野生のチーターもかくやという四肢の躍動、
日頃の覚束無さなぞ欠片もない見事な連動で、
地についた手と足とがそれは素早く宙を掻いての、
七郎次のほうへと掛け戻って来。
抱きかかえてくれるのを待つのもイヤか、
差し伸べられかけた腕を駆け上がっての、
ばふっと懐ろへ飛び込むまでにかかった時間は、
何秒となかったかもしれない、正に電光石火の早技だったほど。

 「…いかがしたのだ。」
 「あ、勘兵衛様。」

離しちゃいやいやとの逼迫からだろ、
しがみついた懐ろや肩口やらへ、ぎゅうと爪立てしがみついているなんて、
日頃は腕白なこの子には尋常なことじゃあない。
大好きな勘兵衛の気配や声にも反応がないなんてよくせきのことと、
堅くなっての丸まった背中をよしよしと撫でてやる七郎次が………

  「あ。もしかして。」

何にか気づいたのとほぼ同時、

  ぴーりる、りるるる

ずんと間近になった小鳥の声がし、
そちらを見やった久蔵が、

 「にゃあみぃ…。」

ますますのこと身を縮めたのは、
間近な梢まで降りてきていたオオルリさんが、
手紙じゃあない何かを咥えていたからで。

 「…よかったらそれ、食べちゃってくれませんかね。」
 「七郎次?」

小さな生き物へも別け隔てなく優しいはずが、
何を物騒なことを言い出すかと怪訝そうな顔をする勘兵衛は、
そういやまだ御存知じゃあなかったらしい。
渦巻き貝の家を背負って雨の中へと這い出て来る、
小さな小さな軟体動物だけは、
どれほど時間を掛けても慣れずの、
飛び上がるほどおっかない仔猫様だということを…。






   〜Fine〜  2010.05.20.


  *そういうシーズン、Part.2。(苦笑)
   今朝、ゴミを出しに行ったら、
   ポリバケツに結構大きめのナメクジさんが這っていて。
   そういや こちらの仔猫さんには、
   シチさんのことを言えないレベルで、
   苦手なもんがあったような…と思い出しまして。
(笑)
   正確には“怖い”んじゃなく、気持ちが悪いんでしょうね。

   《 昔は古戦場なんぞで、炙って食っておったほどなのにな。》
   《 ……………。》

   勿論のこと、大人Ver.の久蔵さんには怖くも何ともありませんで。
   だってのに、腹いせのようにムキになり、
   夜中の庭から見つけちゃあ撤去してたら笑えます。

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